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プログラミングと翻訳の世界を行き来しながら、日々辞書で遊ぶ男の日記
Diary of a programmer/translator who juggles dictionaries every day
近くの老人施設に住む義母が時々我が家に遊びに来る。義母はミステリーが結構好きだ。家内が義母が来たとき一緒に見られるテレビ番組を探していたところ、モンクという探偵が出るテレビシリーズに出会った。モンクは神経症的な探偵で、その仕草がとてもおもしろい。
先日放送されていた回は、モンクをモデルにしたテレビドラマが作られるという話。モンクに扮する役者が役に入れ込むあまり、モンク並みの神経症になってしまって、危うく殺人を犯してしまいそうになるという話だった。
これを見ていて「役者と訳者」は似たところがあるなと思った。フリガナを振ればどちらも「ヤクシャ」になる(アクセントの位置は違うけれど)。それは表面的なことだが(案外本質的だったりするのかもしれないが)対象に入り込むという点でも似ているのだ。
役者の場合は明白だろう。演じる人に入り込むことになる。モンクを演じようとしていた役者は、モンクに入り込むあまり自分も神経症になってしまった。
昔、ある作家の半生を描いたテレビドラマで、その主人公を演じていた役者が、主人公の未亡人から「まるで主人が生き返ったようです」と言われたのを耳にしたことがあるが、ここまで演じる人に入り込めればたいした役者だろう。
世間の方々はそういう認識はお持ちでないと思うのだが、じつは訳者も原著者に入り込むことがある。 訳者が「これはよい本だ」「この著者はすごい」と思うような本では特にだ。
原著者の描き出す世界にどっぷりと浸って、原著者に代わってその世界を描写するのが訳者の仕事だ。著者の気持ちになって、著者に気持ちを寄せて文章を訳しているうちに、原著者が乗り移ったような感覚になり、奇妙な一体感を味わうことになる。
『スケーラブルWebサイト』という本を訳していたとき、これは理系の専門書なのだけれども、著者の思い入れが伝わってきて、息苦しくなるくらいの本だった。 (このときの経験については、DHCのメルマガのページに書いたのでこちらをどうぞ)。
原著者の描き出す世界に浸るのは心地よいことが多いのだが、場合によっては苦しかったり、ストレスがたまったりすることもある。
原著者と意見を異にすることが多い本や自分が好きではない世界を描く書籍の場合は、逆に突き放した感じになる。「なにを言ってるんだ、こんなバカなことがあるわけがないじゃないか」と思っていては、著者の中に入り込めないのだ。技術書の場合ならば、裏付けを取って間違いを直してしまうのでそれ程のストレスは感じない(この種の修正は出版社からだいたいOKが出る)。
一番辛かったのは『戦争の世界史 大図鑑』という本を訳したときだった。全編が、戦争 ── つまり人殺し ── に関する記述なのだ。「これまでの人類の歴史は(極端な言い方をすれば)戦争の歴史である」という事実を突きつけられる本だった。細かいことを書くと、このときのことを思い出してしまいそうなので、このあたりで止めておくことにしよう。
というわけで、できれば心地よい本だけを訳していられたらよいのだけれど……。
むかしむかし、あるところに、ひとりの少年が住んでいました。その少年の家では一匹のヤギを飼っていました。少年は学校が休みになると、父親からヤギの世話をする役目を仰せつかりました。ヤギを小屋から連れ出して、草の生えている道や原っぱに連れて行って草を食べさせてやるのです。少年の体重はヤギの半分以下でしたから,なかなか大変です。無理矢理引っ張ってもなかなか動いてくれません。それでも,ひもを思いっきり引っ張ったり,兄に教わったように体ごとヤギを押すように誘導したりしてなんとかいつもの道を往復していました。
ヤギは春になると子供を生みます。少年の家のヤギは毎年春休みの終わり頃になると、かわいい子ヤギを2匹ぐらい生みました。人間の子供は生まれてから1年もたたないと立ちません。この1年間はとっても手間がかかります。まあ,この1年間が何とも言えずかわいい時期ではあるのですけれど。それに比べて,ヤギの子供は生まれて1日もしないうちに歩き出します。子ヤギが生まれると,親ヤギを連れ出すのは楽チンになります。なぜかというと,かわいくて小さい子ヤギを腕で抱えて動かせば,自然に母ヤギもついてくるからです。少年が大きくなって父親になり,自分の息子を抱いたとき,ちょっぴり子ヤギのことを思い出したりもしたのでした。
ヤギを散歩に連れて行くとちょっと困ったことが起こることがあります。ヤギのおしりから固形物が、小さめのビー玉のような黒い固形物が落ちてくることがあるのです。少年が小さかった頃は、道路が舗装されていませんでしたら、あまり程目立ちませんでした。1日もたつと土と同化してしまったのです。少年が少し大きくなった頃に道路が舗装されて、ヤギから落ちた固形物が道路上をころころと転がって、何日も残っているようになりました。
少年が成長して一人の息子の親になりました。ある日のことです、朝食を終わった息子が「○○こに行ってくる」と言ってトイレに駆け込みました。その瞬間、元少年の頭の中にちょっと固めのコロコロの物体のイメージが広がりました。
「『○○こ』って『○○ち』より固い感じするよね」と家内に尋ねます。
「そうよ。前から言ってるジャン」
「えー、そんなこと言ったっけ?」
「アレー、まだ言ってなかったっけ? 汚い話が大好きなAちゃんと高校時代にさんざん議論したんよ。」
そうこうしているうちに、息子がトイレから出てきて言いました。
「○○ちじゃなくて、○○こだった」
少し前に『初めてのJavaScript』の第2版が発売されました。さっそく、読者の方からご質問が届きました。「第1版を買って勉強している途中で第2版が出てしまってショック。第2版買った方がいいでしょうか?」というご質問でした。
次のようなお返事を書きました。すみません m(_ _)m
大変難しいご質問ですが、第1版でもそれなりには役に立つと思いますが、第2版の方がはるかに明解でお役に立つと思います。私の知識も増えたので、第2版では原著者が書き足りなかったり勘違いしていたりしているところを捕捉・修正したりした部分もだいぶあります。また、今回は、JavaScriptをよくご存じの方にレビューもお願いしましたので、さらに内容が正確になっています。
ただし、第1版ではある程度のページを割いていたJavaScriptライブラリの話題は、今回はほとんど割愛されています。第1版も感じをつかむのにお役に立てると思いますので、変化が激しい部分ではありますが、特にこの部分は無駄にはならないと思います。
というわけで、誠に申し訳ございませんが、第2版を入手なさることをおすすめいたします。 (すぐにではなくてももちろん結構ですが)。
間違い電話はよくあります。5よ6を押し間違えるとか、アドレス帳の折り目に書かれていた数字の8と0を間違えるとか、昔だったらダイヤルが戻るときに、少し早く戻してしまって8のつもりが7にかかっちゃったりとか。
今日、なんと間違いメールが来ました。それが、テレビ局のキャスターからだったのでビックリ。「俺もとうとうテレビに出演する日が来たか!」と一瞬思いはしませんでしたが、どうやら別のムシャさん宛のメールのようです。
テレビ局co.jpのアドレスから来ていたので、スパムではなさそうで、調べてみるとそのキャスターも、宛先の方も実在しているようです。これは連絡してあげないと困るかもと思って電話をしてみました。メールだと、スパムに返信しても困りますし。
「○○テレビ△△局です」
「武舎と申しますけど、□□さんお願いします」
「□□ですが」
「あの武舎広幸と申しますけど、別のムシャさん宛のメールが私のところに来ているんですけど。どうして私のメールアドレスご存じなんでしょう?」
「あれ、そうですか。すみません。xxxx@musha.comですよね? あれ〜」
あまりしつこくしても変なので、
「それじゃ、廃棄しておきますんで」
「どうもありがとうございました」
結局なぜ私のメールアドレスに届いたかは、はっきりと究明はしなかったのですが、musha.xxxのxxxをcomと勘違いしたというような雰囲気でした。
果たして私がこのテレビ局に出演する日は来るでしょうか...