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2011-12-25

メアドの代わりにIPアドレス使うってあり?

ありえないことが起こった。携帯で自分の出したメールが、知らない人に送られてしまったという。しかもそういう例が何百とか何千とかあったらしい。「そんなこと、どうやったら起こるの?」と思うのが(メールの仕組みについて少しは知っている)大多数のプログラマーの感想ではないだろうか。ほかの人に送るのは結構大変そうな気がするのだが。どうやってメアドを選んで送ったんだろう?

届かないことは(たまには)あるかもしれない。それはまあ、プログラマー仲間としては、「かわいそうに。バグがはいっちゃったのね」と同情したくもなる。

2、3日そんな疑問をかかえていたら、原因が公表された。IPアドレスとメアドとを結びつけていて、異なる時刻にたまたま同じIPアドレスで接続した携帯のメアドと「混線」してしまったということらしい。送った人のメアドではなくて、同じIPアドレスを使った別の人が送ったということになってしまった。それで、そのメールに返信してしまうと、まったく知らない人に送られてしまうことになった。

「ええー、そんなプログラム書いていいの? そんな設計って、ありえなくない?」。単純に危うすぎるって思うのが普通の感覚だと思うのだけれど。

簡単に言ってしまうと「近道」しちゃいけないところを近道してしまっているということだと思うけど。途中の経路が変わってしまうかもしれないのに、途中をたどるのをすっ飛ばして(昔は有効だった)近道をたどるわけで、危なすぎるって思わなかったのかな〜。

自社のネットワーク内だからIPアドレスで代用できると思ったのかな。 ところがどっこい処理能力が足りなくなってしまって想定外の事態が起きたということか。いや〜、危なすぎるでしょう。本来仮定してはいけないことを仮定していたような気がする。

原点に立ち返って安全第一でいかないと。バグの原因になりそうなことは極力避ける。想定していないことをやってしまうのが人間だし、想定していないことが起きるのがこの世の常ですからね。今年ほどそれを感じた年はなかったのだから。(自戒を込めて)

2011-07-04

そうめんのタレと達人の感覚

今日は暑かった。そこで、そうめんを食べた。胡桃(くるみ)があったので、胡桃ダレのそうめんにしようということになった。

カミさんが私の実家に行ったとき母がよく作ってくれたものだ。母は認知症になってしまったので、もはや作ってもらうこともなくなってしまった「秘伝のレシピ」だ。

じつはうちではこのタレがまだうまくできたことがない。どうもうまく行かないので、「手伝ってくれ」と言われて手伝った。胡桃の実をすり鉢にいれ、少しすりつぶす。

「たしか、ダシを入れながらまぜてたぜ」。すりこぎを回しているうちに、幼い頃お袋の手伝いをしたときに感覚がよみがえってきた。当時は、母がすりこぎを回して私はすり鉢を押さえていたのだが、今日は私が回している。

家内お手製の八方だしを少し水で薄め、まずはカップ1杯ほどドバッとすり鉢に入れる。

さらにすりこぎを回してすりつぶす。

「まだ、足りないなあ。もうちょっといれて」

家内は、もう一度八方だしをカップに入れ、水を加えて、いきなりカップ一杯全部をすり鉢に「ジャー」とあけた。

その瞬間、私の頭の中を何かが「サ〜っ」とおり過ぎるような感覚がした。

「これはまずい」

なぜ、まずいか。明らかに水分が多すぎるのだ。限界を超えてしまったと私のカラダが感じたのだ。

すりこぎを回しているうちに、昔の感覚がよみがえってきて、お袋がダシを入れては回し、入れては回し、少しずつ少しずつダシを加えていたことを思い出してきた(ような気がした)。

「もっと、粘りけが出てこないと行けない。それには、少しずつ少しずつダシを加えていくんだ」

胡桃ダレに関して、私はもちろん達人ではないのだけれど、昔達人のそばで「修行」をしていたことがあったわけで、少しは達人の感覚が「移って」いたのかもしれない。達人の感覚とはこのように「何となく感じる」種類のものであることが多いのだと思う。


明らかに薄くなりすぎてはしまったものの(もう胡桃はなかったので胡桃を足すことはできなかった)、そこそこおいしくはあった胡桃ダレのそうめんであった。

やってみないと分からないことは多いのよ

私は機械翻訳ソフトを作ろうとしていて、人間翻訳を始めたのだけれど、その理由のひとつが「実際にやってみないとわからんことは多い」ということを感じている(いた)からのような気がする。翻訳ソフトを作っていた(いる)人の多くは翻訳者ではないわけで、翻訳とは何か、感覚的には知らない。そこに違いが出ると思っているのだけれど。

2009-05-23

アートセラピーと『リファクタリング・ウェットウェア』

今日は、毎週通っている「ストレッチ&呼吸法教室」の番外編のアートセラピーの教室に参加。

以前も3度ほど出たことがあるのだけれど、絵を描くこと自体は嫌いではなかったのだけれど、どうも「シェアリング」というのがいやだった。みんなに絵を見せ合って、それで気づいたことを話し合うのだが、どうも他人と個人的なことを話し合うのが嫌で、それで止めてしまったのだった。1対1とかで話し合ったりするのならばともかく、なんかわざとらしくて耐えられないのだ。

今回また参加することにしたのは、ひとつは講師の先生が替わったこと。私と同年齢ぐらいの男の先生に代わった。具体的には言えないのだけれど何となくよかった。

そしてもうひとつの理由は先日出版された『リファクタリング・ウェットウェア』を訳したから。『「リファクタリング・ウェットウェア』とアートセラピーとどう関係するかというと、ひとつにはこの本の最初の方の参考文献に『脳の右側で描け』という、「絵を上手に描けるようになる」という本があって、それがけっこう面白かったから。そして、どうも絵を描くという作業はRモード(『リファクタリング・ウェットウェア』で著者がいわゆる「右脳」が働いて言う状態を指している言葉)を使う作業らしいと感じるから。

昔、図画工作や美術の時間は嫌いだった。中学1年のときには、通知表で5段階の2をとってしまって、母親が心配して美術の先生に特別に相談に行ったくらい(ある日、廊下を歩いていたら、参観日でもないのになぜか母親が歩いていて、ビックリした。家へ帰ってから尋ねたら、そういうことだったらしい)。担任の先生にも、ホームルームの時間だったか、面と向かってではなかったものの「2があっては高校に行けるかどうかも危ないくらいだ」と私の方を向いて言われてしまったし。あれは明らかに俺に向けてのメッセージだった。

その頃は、一体絵を描くのが何が楽しいのかまったく理解ができず、どう描いたらいいのかもさっぱり見当がつかなかった。その後、なんとなく自分の持ち味を発揮して自分が描きたいように描けばよいのだということがわかってきて、少し成績も持ち直し、卒業時には通知表も4になった。美術に関しては、私はコツコツと地道にていねいにやるのがよいらしいということがわかったのだ。多くのことに関しては、コツコツタイプではまったくなくて、さっさとかたづけちゃえというタイプだと思うのだけれど(ただし翻訳はコツコツやらないと終わらない!)。

その後、高校では芸術の選択科目としては音楽を選んでしまったし、高校を出てからも、自らすすんで絵を描いたりすることはしなかった。パソコンでお絵かきソフトができた頃にはすこし遊びはしたけれど。

上の本を読んでいる最中に、息子の通っている中学校の美術の先生が2時間程度の「絵画教室」を開いてくださるという偶然も重なって、そちらにも出てみたのだけれど、こちらはどうも違ったようだった。全然ピンとこない「授業」だった。

ただし、同じ題材(リンゴと白菜だった)を描いていたグループに、一人、とても絵が上手な若い女性がいて、その人に書いているときの感覚とかを質問することができて、それはとてもおもしろかった。後で、カミさんがPTAの集まりに行ったときに、その女性が息子の同級生のお姉さんだったということがわかるという偶然も重なって、これまたおもしろかった。世の中いろいろな人がつながって生きているのですね。

2009-04-28

『リファクタリング・ウェットウェア』発売

リファクタリング・ウェットウェア — 達人プログラマーの思考法と学習法』発売です。お待たせしました(誰も待っていなかった?)。『ハイパフォーマンスWebサイト』以来約1年ぶり。何冊か翻訳の候補はあったのですが、みんなお蔵入り(まあ、ほかの仕事が忙しかったせいもあるのですが...)。1年間も出なかったのは久しぶり。

この本はアヤシイ本です。私は怪しいことが大好きなので、最初からこの本は気に入りました。ですから、アヤシイことがあまり好きでない方は、あまりお読みになりたくないかもしれないと想像します。

著者のアンディ・ハントさんは「達人プログラマー」として有名な方なのですが、にもかかわらず、この本にはプログラマーが読んでも直接役には立つことは何も書いてありません。なんと言っても、コード(プログラム)が1行もないのですから。

ですから、現状のまま開発を続けたい、プログラマーの方は読んでも意味がありません。

しかし、「もっとよいプログラマーになろう」「達人プログラマーを目指そう」と思われる方は是非お読みください。その理由は本をお読みいただけば、おわかりいただけるかもしれませんが(おわかりいただけないかもしれませんが)、オイオイここでも書いていこうと思います(次の本の翻訳に苦戦していまして、なかなか、まとめて時間が取れません……)。

この本、開発者および開発関係者の方だけでなく、もう少し広い範囲の方にお読みいただけたらと思って訳しました。世の中が今、大きく変わっています。そして、私にはよい方向に変わっているように思えるのです。アジャイルなる開発が広まりつつあるのも「正しい」動きだと思います。オバマさんが大統領になったのもこの流れに乗っています。大不況もしばらくは大変かもしれませんが、我々人類に自分たちを見直すチャンスを与えてくれたようにも思えるのです。

そんな時代を生き抜くのにとても参考になる本だと思うのです。

ちょっとアヤシイ本なので、まずはちょっとアヤシイ紹介を書いてみました(^_^) 次回は具体的な話を書きたいと思います。