2006年5月29日月曜日

お願いです。かまさないでください

うちの息子はけっこう音楽が好きで、ケーブルテレビの音楽番組を毎週録画してビデオクリップを作っては、iTunes(ア イチューンズ。Appleが作っている音楽等再生ソフト、Windowsでも動く)に取り込んでいます。けっこう手間がかかる作業ですが、ちょっと教えた ら覚えてしまって、楽しんでやってくれております。お陰で、iPodにも息子が取り込んだ曲が増殖中です(家族で楽しむ分には、合法だと理解しておりま す)。

最近「気分上々↑↑」なる曲がランキングの上位にいるようで、それもしっかりiTunesやiPodで聴けるようになりました(アップルさん、ごめ んなさい。最近iTunes Music Storeでほとんど有料の曲を購入していません。お詫びに広告↓を載せておきます(^o^))。

「気分上々↑↑」という曲、とてもノリがよくて、気が付くと「気分ジョウジョウジョジョウ」などと口ずさんでいる自分がいます。ところが、この歌の 詞がどうも気にかかる。出だしを歌う女性ボーカルが「ヘイDJ、カマセ、イェイイェイイェイ」と宣うのです。「かまさないでよ。公の場で。特に女の子から カマスなんぞと言われたひにゃ○△ものも○×ませんぜ」と思う私は旧人類? 

翻訳講座の課題の添削をしていると、「カマセ」みたいな単語を使っ ている受講生の方が時々いらっしゃいます。新聞記事の翻訳で「○○はオリンピック女子100メートル走の出場権を得た」などという訳(やく)がときどき提 出されてきます。「運動会じゃないんだから、オリンピック選手に100メートル『走』を走らせないでよ」と思いながらやさしく(辛辣に?)コメントを書く わけです。

まあ、この「カマセ」は「100メートル走」とは違って「確信犯」で、目を(耳を)引くためにやっていらっしゃるのでしょうが、あのボーカルの女性の雰囲気を壊していると私は思うのです。次の曲では、もっと過激な言葉を宣うのでしょうか?

お願いです。作詞家の皆様。ご自分の飯の種である日本語を大切にしてくださいませ。

2006年5月21日日曜日

Mac: Mac Miniを買いました

Mac mini を買いました。Macintoshは前はIBMやモトローラが作っているPowerPCという処理装置(CPU)を使っていたのですが、去年、ウィンドウズ機などで使われているインテルのCPUへの乗換を発表して、現在ラインナップをインテルCPUを使ったものに変更中なのです。

ソフトを開発する側からするとこれは一大事なのです。プログラムをゼロから作り直さなければならない! CPUが変わってしまったら実行させる命令がまったく変わってしまうのですから大変です。今までは社長が米国人で、英語で話をしていればよかったのが、フランス人の社長が来てフランス語で話さなければならなくなったようなものです。

ところが、優秀な通訳がいれば別に新たにフランス語を習得しなくてもよいわけで、アップルはきちんと優秀な通訳を用意してくれました。設定を1カ所変えて「コンパイル」という作業をすれば、20分もすればDictJugglerのインテルCPU版が完成、というわけです。

この作業(コンパイル作業)は、従来の機種でもできるのですが、従来の機種でテストはできません。単にコンパイルをやり直せばインテル機でも動くといわれていても、何が起こるかわからない。「すみません、社長のフランス語、なまりがすごくて私にはわかりません」と通訳が言い出さないとも限りません。「インテルCPUに対応しました!」と触れ回ってから「おい! 動かねえぞ!」というクレームが来てはたまりません。そこで、Mac miniを買いました。

現在発売されているMac miniのCPUはインテル製なので、インテル版で動くかテストできるというわけです。結果、問題なく動作することがわかって、無事テスト版(RC1)を公開したというわけです。

このMac mini、我が社の中で最速のMacだったのですが、今は私の机の上にはありません。今は、自宅の居間のテレビの横にちょこっと置かれています。私は以前から使っていたちょっと古いノート型のMac(PowerBook)を使っております。Mac miniには普通の方法ではモニタをひとつしかつなげません。しかし、ノート型だとノートのモニタの他に外部モニタをつなげばひろ〜い作業領域が確保できます。このスタイルに慣れてしまった私は、しばらくMac miniを使ってみたのですが、どうしてもモニタひとつではやりにくくて仕方がない。そこで、前から使っていたPowerBookに戻ってしまったというわけです。

Mac miniをテレビの横に置いたら、これがとても便利なのです。うちの現在のテレビは、昔モニタ兼用に買った液晶テレビで、テレビも見られるしパソコンのモニタにもなるやつです(当時は20万円近くしたのですが、6年たった今でも現役で活躍しています)。Mac miniには「フロントロー」というリモコン機能がついているので、食事をしたりお茶を飲んだりしながら、Macに入っている音楽を聞いたりミュージックビデオを見たり。皿洗いや掃除をしながらポッドキャストの『聞く日経』や『ぽっどきゃすてぃんぐ落語』を聞いたり。さらには、インターネット経由のテレビ放送Gyaoを見たり。GyaoはWindowsでしか見られないのですが、Parallels Compressorというソフトを使うとMac miniがWindows機に早変わり。Gyaoも問題なく見られてしまうのです。いやー、Virtual PC(Power PC機で動くWindows実行用のソフト)とは速度が大違い。「全画面表示」で動かすとまるでWindows機を使っているような気分であります。

武舎広幸の大予想(1)

もうじき、AppleからIntel Mac上でWindowsを実行できるソフトがリリースされて、それがすべてのMacにバンドルされる! じつは、CPUをIntelに変えると決めたときにはこの計画はすでに開始されていた! Macを買えばWindowsも使えるというのがAppleの売りになるのです!

PowerPCで動くソフトをIntel CPUで動かす技術を持っているAppleが、同じIntel CPUで動いているWindowsを動かせないわけがありません。やらないとすれば、マーケティング上の判断でしかありません。Appleにできないわけがないのです。

(この予想が当たらなくても、責任は取りかねますのであしからず)


6月11日追加: 本日、久しぶりにGyaoを見ようとしたところ、上記の環境では再生できなくなってしまっていました。原因がどこにあるのかわかりませんが。う〜ん。

2006年5月19日金曜日

英会話を習うのはネイティブから?

昨日、電車に乗っていて英会話学校の宣伝を見ました。いくつか見たのですが、どれにも「ネイティブ外国人講師」というのが書いてありました。これを見ていてどうも気になりました。本当に「ネイティブ」が教えるのがよいのでしょうか?

本当に「正しい」英語かを判断するのはもちろんネイティブにしかできないのですが、どのネイティブスピーカーでもそれができるかというとそれは疑問です。日本人だって、おかしな日本語を話す人はいっぱいいますし、私のように他の人の書いた文章を直してお金をいただいているようなものもいるわけですから、ネイティブスピーカーだからといって正しい英語を話す人ばかりだということは絶対にあり得ません。「ネイティブならば誰でもOK」という訳にはいかないことは明らかです。

もうひとつ、「ネイティブにはできないこと」があるのではないかという点が、今日の私の主張です。何かというと、英語をゼロから「意識的に」学んだという経験です。ネイティブスピーカーはその定義から明らかなように「無意識に」英語を学んでいます。したがって、英語を身につけることに対して努力はほとんどしていないのが普通です。ということは「自分にこういう方法が役に立ったから、生徒さんにもこの方法は有効だろう」というものをまったく持っていないわけです。また、「日本語的感覚からするとこう言って大丈夫だと思うんだけれど、じつはそうは言わない」といったアドバイスもできないわけです。

経験豊富なネイティブ講師、とくに外国語を自分で学んだことのある講師ならば、「日本人は(外国語学習者は)どんな間違いをしやすいか」といった点に対してかなりの知識を持っているでしょう。しかし、そんじょそこらの新米ネイティブ講師にこれができるわけもないと思うのです。ほとんどの日本人は、英語を成長してから学んででいるわけですから、「意識的に」学ばなければなりません。そのときのノウハウは「無意識に」語学を学べる子供たちに教えるときとは当然ちがっているはずだと思うのです。特に、初級、中級レベルの人に教えるときには、「ネイティブ」であるかどうかはそれほど大きな判断材料にはならないように思うのです。むしろ、教え方が上手かどうかが問題にされるべきでしょう(もっと言えば、本人のやる気が第1ですけど)。

単に「講師はみんなネイティブです」と書かれていたところで、それは「教え方の上手、下手については関係なく採用しています」と宣伝しているようにも思えるのですが。