2005年12月9日金曜日

テレビとインターネット

最近、インターネットというかコンピュータ業界全体が、「広告で儲けなければいけない」というような雰囲気になっているような感じがします。ソフトウェアを開発してきたものにとっては困った話で、いくらソフトを開発してもそれだけではお金がもらえないような状況になってきてしまいそうです。

何年か前の「ドットコムブーム」の時は、「広告で稼ぐ」というのが一時期、はやったものの、しばらくすると「広告、広告って、広告だけで生きていけるサイトなんてそんなにないよ」ということになって、私としてはホッと胸をなで下ろしたのですが。

最近、また「広告、広告」とうるさくなってきたので、ちょっと考えてみたのですが、気が付いてみるとテレビもラジオも広告だけで収益を上げているのですよね。一番最初にこのモデルを考えたのがどなたなのか知りませんが、ラジオやテレビで広告を流せば、自分たちが作る番組の制作費用がまかなえる(その上収益もあげられる)ことを見抜いた人はたいしたものですね。

やっぱり、インターネットやソフトウェアの世界も同じようなことになっていくのでしょうか。まあ、テレビでも最近はケーブルとかスカパーとか有料のものもありますし(NHKも一応そうですが)、広告ばっかりということにはならないでしょうが…

2005年12月8日木曜日

アップルは2度目の大失敗をするか?

Realが新しい音楽サービスRhapsodyのベータサービスを開始しました。まだ日本からは利用できませんが、iTuneとは違って、単にブラウザがあれば聞けるミュージックサービスです。マッキントッシュでもLinuxでもOK。

このニュースに接して思い出したのが、アップルと互換機との関係。20年ほど前、アップルがマッキントッシュを発表したとき、ビル・ゲイツをはじめとする多くの人が、ライセンスを供与して互換機を作れるようにすることをアップルのに提案したのだそうです。もちろんアップルの社内にもライセンス供与に賛成の人はいたのですが、ついぞ反対派を説得することができず10年以上が経過したのでした。

マッキントッシュの互換機が登場したのは、1994年のこと。ライセンスの供与方法に問題もあったのでしょうが、基本的には、時すでに遅し。ほぼウィンドウズ一色に染められてしまっていた、パソコン業界の勢力地図を塗り替えることはできませんでした。その後スティーブ・ジョブズがアップルに復帰すると、ライセンス供与を止め、現在もマッキントッシュはアップルだけが販売しています。

RealのRhapsodyを見て、このことを思い出してしまったわけです。アップルはiPodを売るため、ミュージックストアで販売した曲は(少なくとも公式には)iPodでしか再生できないようにしています。これに対して、他のサービスはいろいろなミュージックプレーヤーで再生できるのがほとんどのようです。

今のところ、iPodが圧倒的なリードを保っているからいいのでしょうが、この先どうなるかは分かりません。「パソコン」と言えるものを初めて大量生産し、圧倒的なシェアを誇っていたにもかかわらず、その後の戦略を誤ったがためにその地位を失ってしまったアップルが、またおなじ道を歩むのでしょうか?

でも、20年前と大きく違っていることがあります。スティーブ・ジョブズがこの20年間で蓄えた経験です。最近のジョブズを見ていると、「大人になったなあ」と感じてしまいます。このジョブズが率いるアップルならば同じ轍は踏まないのではないかと思うのです。

私も大人にならなければ...

2005年12月7日水曜日

訳と創造性

今日は、「翻訳と創造性」なるタイトルにしてみました。構えて言うと「翻訳は創造的な仕事か」というのが今日のテーマです。

翻訳は、すでにある言語で書かれた事柄を別の言語で書き表すわけです。オリジナルの文書は創造性溢れる文書である場合が多いのですが(そうでないものもありますが、そうであればあるほど翻訳する価値が高いわけです)、翻訳者自体は何ら創造的な活動はしないわけです(すくなくとも、世間ではそう思われていると思われます)。創造的な活動をした著者に代わって、その創造的な内容を別の言語しか読めない(あるいはもともとの言語では理解が容易ではない)読者に提供しているわけです。

あくまでも、創造的な仕事をするのは翻訳者ではなく、原著者なわけです。翻訳者は何ら創造的なことはしていないわけです(とまた繰り返しておきます)。

しかしです、原著者は新しいこと、創造的なことを書いているわけです。それを翻訳するくらいですから、翻訳された言語(の世界)にとっても創造的なことであることが多いわけです。つまり新しいことなわけです。新しいことを、既存の言語の枠組みで記述しなければならないわけですから、決して容易なことでない場合が多いわけです。

翻訳は、新しい概念を創造する仕事ではないのですが、その新しい概念を説明するために、新たな創造する必要はある場合があるわけです。翻訳者は、表には現れない創造をすることによって、地味〜に創造的な仕事をしている、というのが本日私が皆さんにお伝えしたかったことなのでありました。

おわかりいただけました?

2005年12月1日木曜日

翻訳通信が届く

翻訳家山岡洋一さんの「翻訳通信台43号」が届きました。下記のURLからバックナンバーをご覧になれますので、翻訳にご興味のおありの方は是非是非お読みください。
http://homepage3.nifty.com/hon-yaku/tsushin/

山岡さんにお目にかかったのはもう20年近く前になるのですが、山岡さんの翻訳に対する考え方、姿勢には大きな影響を受けました。私の場合、コンピュータ関係の翻訳なので、事情が少し異なるところもあるのですけれど、翻訳通信を拝見すると「まったくその通り」とか「なるほど、そうか」と思うことがたくさんたくさんあるのです。

山岡さんの主張を(ちょっと乱暴ですが)一言で表すと、「原語のネイティブスピーカーが原文を読んで受ける印象とまったく同じ印象を日本人(日本語のネイティブスピーカー)が受けるように翻訳すべし」ということになると思います。まったく私も同感です。